3度のメシより族車作りが好きでした

この写真は1990年の秋、自分が19歳の時のものです。10代最後に愛機を蛍光色の爆発カラーにした時です。蛍光七色レインボーにしたかったのですが、蛍光色の缶スプレーが七色無かったので蛍光五色爆発となりました。とにかく当時は族車に熱中してまして、三度の飯より族車作りが好きでした。それから30年経った今は、残念ながら族車は持ってませんが、自家用車のリラックマ仕様タントで、旧車會のツーリングを追っかけて、人の族車を眺める日々を過ごしてます。(熊本県:西村信幸)