横浜銀蝿が流行っていたので黒の革ジャンを

 写真は当時17歳(現在56歳)なので39年前の晩秋。当時、横浜銀蝿が流行っていたので、ダブルの革ジャンを着て走っていました。乗っていたバイクはピンクに塗装したホンダのホークⅡで、湾岸沿いを走れば僕が一番だと勘違いをしてプロレースライダーになろうと思いながら無駄に暴走していました。
 その後20代までの間はろくに仕事もせず女に狂っていましたが、今の嫁と知り合ってからまともに仕事をして起業しました。ところが従業員も増え、仕事も順調だった頃の2007年4月のこと。山をCB400Fourで走っていて、車と正面衝突。瀕死の状態で右足切断手前の事故に遭ってしまいました。社員は全員上の会社に引き取ってもらい僕は引退。2年間の寝たきり生活から、このままでは終われないと思い、今度は僕の右足を奪ったCB400Four専門のバイク屋を2011年にオープンし、現在に至ってます。ショップ名はカスタムパラノイアです。(大阪府:PeKe)